「選択」2014年1月号原稿
日本株に群がる投機筋
―あげ調子の市況に浴びせる「冷や水」-
「何しろあの弱気で鳴るマーク・ファーバー博士でさえ、NY株はこれから20%は上がってからバブル破裂で下げと予測した位市場は強気」。
FRBイエレン新議長が「株価収益率や長期金利などから見てNY株式市場はバブルではない」とご託宣を下した。少しオーバーヴァリュ―ではないかと考えていた運用担当者もひたすら買い一本になるのは当然だろう。
新高値更新が続くNY株式市場。運用担当者としては、何か腕を見せたいのだが、現実には取り立てて何もない状況だ。
多少ある懸念材料は後述するとして、「NYでなく東京株式市場に、短期で大幅な株価下落を仕掛けて“売り”で利益を上げて見せないと、プロとしての能力を問われる」という不穏な発言も一部の投機筋にあるのは見逃せない。
「日本株の売り仕掛けならもう“実績”がある」とうそぶく某大手ヘッジファンドマネジャーは2013年5月23日の急落を例に挙げる。
当時1日300円、400円上昇が続いていた日経平均は、その日、先物価格で瞬間1万6000円を付けた後、なんと2000円も下げた。
当時の一日あたり売買金額4兆円の市場に先物の大量売り6兆円が出たのだから、まあしかたのない下げだった。これでオプションの買いがもうかり、先物の売りでまた儲かった。その後6月13日の1万2445円まで2割も日経平均は下落している。
この日はFRBバーナンキ議長が記者会見で、進行中の量的金融緩和「QEⅢ」の終了を示唆する発言があったため、とりあえず一番利益が出て売買量も大きい東京株式市場が狙われた。
これほどの影響力の大きな悪材料が再びどこかで出れば、それを契機に、売りで利益を上げるヘッジファンドのマネジャーが腕の見せ所を示すことになる。
では、どうして売り崩しが大きな値幅になるのか。それは東京株式市場に構造的欠陥があるからだ。
まず日経平均225種が単純平均で一部の値嵩株の変動で大きく変動するのが第一。
たとえばファーストリティリングは日経平均の10%を占め、市場全体が上昇してもこの銘柄を売り崩せばば日経平均を下落にすることも可能。「ソフトバンクやファナックを加えればなお簡単」と市場関係者は言う。
また株式の需給関係でも、東京株式市場は外国人の思うがままだ。
かつてのバブル期1988年には銀行と生保の政策投資が発行済み株式の54%を占めてこの分が凍結されていた。少ない金額で思うが儘に上昇相場がつくれたが、現在はわずか8%。
外国人の毎日の売買量は市場の70%を占める。其れでもバーゼル規制やソルベンシーマージンで日本の銀行と生保はまだ売却が続く。
特にひどいのは先物取引だ。毎朝現物の取引の前に先物の売買が始まりその日の「場味」が決められる。
この先物市場では日経平均でもTOPIXでも、主に王銀系証券が日系証券とひとケタ違う売買量で市場を支配している。
「それでも、円安ドル高が続いているのだし、懸念された国債金利の上昇も阻止されている。NY株はあげつづけているし、ティパリングが始まればドル高ではないか」というのが今の日本の常識だろう。
しかし、肝心の円安があまりアテにならない。TPP交渉がまだ完了していない現在では、米国議会筋に動かされたオバマ政権要人が円レートについて、一言牽制球を投げたたら、そこで円安は終わってしまう。
たしかにシカゴ通貨先物市場では円売りの数量が巨大化しつつある。
つい2,3か月前、円売りは6万枚、多いときでも10万枚は行かなかった。
それが11月下旬から11万、12万と増加し12月中旬で13万枚前後に達した。ここ10年間で最高水準である。
先物売りだからこの円売り玉は先行き必ず買い戻される。その時に円レートは1時的にせよ円高へ。その時に「株価と連動させるのは簡単さ」とある事情通は言う。
NY株は好調持続
ただ前述の日本株売り仕掛け論のマネジャーも「売られても短期間で、下げ幅はせいぜいい10~15%」という。理由は「黒田日銀が市場でETFを買って来るし、NY株が順調。其れに安倍政権の長期化を読んだアベノミクス関連株への米国年金、基金買い。さらにNY株の上昇」を挙げた。
NY株式市場でバブル論議が活発なことは方々で報じられている。
バブル説の代表は著名投資家のカール・アイカーン氏で「量的緩和と低金利に支えられている企業利益をベースにした株価は大いに警戒されるべき水準。暴落の可能性も」と警告している。
一方著名投資家のウオーレン・バフェット氏は適正水準説。「割高な水準ではないことは明瞭。しかしもちろん私は割安だとは考えていないが」と述べている。
とはいえ2014年予想利益でのS&P500種の株価収益率14倍台で、バブルというにはほど遠い。
しかもシェール革命の米国経済への好影響はどんどん拡大している。
米国エネルギー情報局(EIA)の2014年みとうしによると米国天然ガス生産量は2040年まで56%増産され、併産されるシェールオイルは2021年と予想されるピーク時に日量480万バレル、昨年予想の280万バレルから大きく上昇した。
つれて米国はエネルギー政策を転換。これまで①米国内の原油は近く枯渇②中東産油国の政情不安、から戦略的備富と米国からの原油輸出禁止を決めていた。
備蓄についてモニツ米国エネルギー庁長官が見直すべき、と発言し、原油輸出は米国石油業界を代表してエクソン・モービルが禁止撤廃を提唱し始めた。エナジー・インデペンデンスがオバマ政権の次の大目標になりつつある。
米国貿易収支の三分の二はエネルギー輸入の赤字。これが解消されるなら、ドル高と株高。これに噂される東海岸巨大海底油田の開発が加われば、失業者も急減すること必至だし税収増で財政収支も好転。要するにいいことづくめだ。
となると時間の経過とともにオバマ民主党政権には有利な材料が増え、秋の中間選挙では共和党不利。そこでオバマケアに絡んでまたゴタゴタを起こしたい。年初にワシントンで再び騒ぎが起きるだろう。しかし米国経済そのものの好転は変わるまい。
「それでもNY株の方は良いかもしれないが日本国債の方は?」
「カイル・バスだろう?彼のファンドの運用成績はもうメタメタのはずで、誰も言うことは聞かないよ」。
従来のバスの主張は「日本の少子高齢化、累積政府債務の増加。これで円安が始まると輸入物価上昇とスタグフレーションを合わせた悪性インフレが発生する」として1ドル350円を予想していた。最近は中国との関係悪化を悪材料にしている。
しかし5月に瞬間1%に近い水準に急騰した日本国債10年もの金利は、0・6%台で落ち着いている。黒田日銀がこの低水準の長期金利を維持できれば、前記の売り仕掛けの打撃はごく軽いもので済む。現実にはどう展開してゆくのか。楽観は許されない。