米国株式市場に「変調」の兆し(選択2013年5月号)
選択 2013年5月号
NY株式市場に変調の兆し
「やはり例年のとうり5月は恐ろしい月だね。」。どう考えても大量売りが出そうだから」。
理由は?と聞くと大手ヘッジファンドの運用担当者は「投資作戦の読み違えで巨大損失を出したファンドがきわめて多い」ことを指摘する。」恐らく解約が第二・四半期末に出るが、その解約の締め切りが5月15日なので、手元にキャッシュを作っておかなくてはならない。」たまたまNYダウ平均は2007年10月の高値を抜いて高水準なので、売りが多くなる、というわけだ。
その投資戦略の失敗とは①2,3月頃にNYダウは新値を抜かないとみて先物を売る②一方、金、原油などは商品買い、という作戦が、両方ともウラ目に出たことだ。おおざっぱに言って有力ヘッジファンドの四分の一が今回は「負け組」になったといわれている。
まず株の方は「NYダウは2007年10月の1万4190ドル寸前で10~15%下げる」と読む投資担当者は2,3月頃結構多かった。実体経済の回復がさほど出なかった上財政赤字の削減が成長率を押し下げる。またチャートからも売りを示唆する動きが読めたことも、先物売りが多かった理由である。
「結局シェールガス革命の効果を過小評価したのだろう」と前記のヘッジファンド運用担当者に言う。また黒田日銀の異次元緩和でリスクマネーが追加されたことも、NYダウの新高値更新を支えた。このため売り方の運用成績はガタ落ち、解約を恐れなければならない状況にある。
「まあそれ以上に直接の打撃が多いのがSACだ。昨年末から4月まで運用資産の30%以上が流出しているんだ」。SACは昨年まで「最も成功したヘッジファンド」として定評があり、創立者スティーブ・コーエン氏は昨年の個人所得13億ドルでこの業界第3位だ。運用資産も昨年末で150億ドルでこれまたベスト5に入る。
ところが去る3月、元運用担当者がインサイダー取引で米証券取り委員会(SEC)が摘発し、結局6億1400万ドルという空前の和解金を支払った。信用失墜は言うまでもない。
摘発されたインサイダー事犯は2件。SACグループのうち2社が、一つはアルツハイマー症薬の臨床実験不調の情報、もう一つはパソコン大手デルの決算内容の発表前の把握で、市場ではコーエン氏にも追求が及ぶか、とも観測されている。SAC側はもちろん組織としての犯意は否認しているが、過去20年間年率30%もの投資収益を上げてきた実績への信頼が揺らいでいることは事実だ。
ともかく、5月には「負け組」ヘッジファンドによる解約に備えた売りと、これを見越した利益確定売りが出て、一時的とはいえNY株式市場にかなり大幅な下げが出る、-これがかなり広く信じられている。
具合の悪いことに5月19日に米国連邦政府債務が上限に達する。共和党は歳出削減をオバマ政権に迫っており、この債務上限を交渉材料に利用しようとしている。 2011年8月に債務上限引き上げ問題がこじれて、米国債の格下げが発生、月4日に1日512ドル、翌日小反発したものの週明け8日に634ドルもの暴落が発生した。
この経験があるので、第二の格下げショック不安が材料となり、それが5月に起きるというシナリオが信じられ始めている。
金や商品の暴落の意味は
もっとも弱気な向きは短期間だが10%程度の株価下落。それは新高値を付ける背景になった好材料には、同時に株安要因が潜んでいることだ。
たとえばシェールガス革命。これは①貿易収支の改善②失業率低下③法人税増収による財政収支好転、といいことづくめ。進展とともに米国経済は成長が高まる。
難点はある。ダウ採用銘柄30種のうち20以上が海外部門の利益への比重が高いので、ドル高は企業収益ダウンと株安につながること。
それでも来年にかけてNYダウは1万7000ドルと見る向きが多いのは、このページでも紹介したことのある米国東海底超巨大油田説だ。
コネチカット州からフロリダ州に至る海底は開発が禁止されていたが、オバマ政権は探査の開始を決めている。すでに地形やな地質どのノウハウが豊富な米国では「すごい埋蔵量だ」との前評判が高い。下半期に正式な探査が開始されるが、サウジを上回るだろうといわれており、「エナジー・インデペンデンス」(外国に頼らないエネルギー独立)が期待されている。最近環境重視派議員8名が開発反対の手紙をオバマ大統領に出したが、前評判の高さを裏書きした形だ。
このほか米国製造業復活の切り札になるといわれている3Dプリンタ技術もある。これはコンピュータで立体的に印刷のように安価で部品を作れるというもので、政府と産業界がオハイオ州に研究機構を設立、当初は軍事用として開発され、結果としては民生用という技術の確立を狙っている。
住宅市場が回復し、サブプライムの痛手も消えた。TPP交渉で日本が関税引き下げのメリットを放棄したので自動車大手は市場の回復も享受できる。だからこそ最新のFOMC議事録で2013年末までに量的緩和縮小を支持する意見が顕著になってきた、と報じられた。つい先ごろまで、出口戦略発動は2014年と見られていたので、「ドル安時代は終わった」との見方が強まる。
金が暴落を始めたのが、ドル信認の高まりを物語る。4月12日から2営業日で金価格はドルベースで10%下落した。
これに先立ったゴールドマン・サックス社は3月末、金価格はオンス1200ドルまで下降するというレポートを出していたが、予想は的中しかけている。暴落が始まる前は1550~1600ドルのゾーンにいたが、4月12日に63ドル安の1501ドル、週明け15日に140ドル安の1361ドル、16日に1320ドルまで下げた。
「金価格は通貨への不信任指数」という常識からすると、ドルへの信認が急速に進行したことになる。2011年に1904ドルの史上最高値を付けたが、その後じわじわと米国経済の強さをおりこんでいることになる。
材料としては①金需要の半分を占める中国とインドの景気減速②インフレ懸念の後退などがあり、これに加えてキプロス中銀の保有金売却(4億ユーロ)の売却懸念があった。しかし根本はドルへの評価の上昇だろう。これが結局NY株高につながることは言うまでもないが、その前の「魔物の住む5月」をどうしのぐか。
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