[ユーロ崩壊」に群がる投機筋(選択6月号)
選択 2012年6月号
「ユーロ崩壊」に群がる投機筋
「本当にウマいところに目をつけた、と思うよ。リスク・オンとリスク・オフの繰り返しで、その都度ボロもうけだぜ。」
ギリシャがユーロから脱退しようがどうしようが、本当は関係ない。世の中が騒いでくれればくれるほど、カネになる。
こううそぶくのはある大手のヘッジファンドのマネジャー。リスク・オンとは株や商品などリスクがある資産への投資のことで、リスク・オフは危険が少ない大国の国債を買うことと考えればいい。
たとえば5月19日の日経夕刊「ギリシャやスペインなど欧州の債務問題が緊迫の度を増し、マネーが安全資産の債権に逃避している」。ここ2,3年の間に何回、このような記事が繰り返されたか。
具体的にはユーロ売り、ドルと円の買い、そのあとは株売り、日、米、独などの国債買い。フシ目フシ目でヘッジファンドは売り仕掛けを行って、何の材料もないのに急騰又は急落が起きる。その都度、ユーロ崩壊の緊迫度が高まる-という仕組みだ。
たとえば5月14日、アジア早朝の薄商いの時間を狙ってフェイクマネーと呼ばれる短期筋がユーロを売った。対ドルレート1・29は、ここを切ると利益が出る「オプション・バリア」と呼ばれる大切は水準。何も材料がなかったが、4か月ぶりにユーロの対ドルレートは1.25台まで下落、短期筋は巨利を得たはずだ。
通貨オプション取引ではストラドルといって、売りオプションと買いオプションを同数購入する。この戦略をとる投資家が多いときに、バリアの突破を行う。超高速のアルゴリズムという人間の判断を必要としない取引が、値幅を不当に大きくしている。
為替市場のこの変動を見てマスコミはユーロ危機を「緊迫」と表現、株式市場は下落する。この繰り返しがヘッジファンドの巨利につながっている。
米系ヘッジファンドがユーロ危機の仕掛けを開始し始めた4年前に,CIAの代理人と噂される大手シンクタンクがマル秘レポートを出した。2008年から始まっているグローバルな激動は、1989年から92年の歴史的変動と似ている、という書き出しで、欧州について次のように分析している。
「欧州のソブリン危機は一時的に鎮静化し終息の期待が高まる時期はあるだろうが、南欧、東欧などの問題国からの資本逃避は止むどころか加速化するに違いない。」
「主導権を持っているドイツはユーロ崩壊を狙ってはいない。本心はユーロ参加17か国の諸制度を、自国に有利な形に変革させることにある。」
現にドイツの主導で財政赤字をGDPの0・5%以下にさせ、そのためにEUが各国の予算編成に干渉できる、という昨年10月の条約が決まった。
ユーロは崩壊させず、時に市場の動揺を見てドイツからの財政支援で恩に着せ支配権をジワジワ広げてゆく。このドイツの思惑を読み切っているヘッジファンドがコバンザメのように利益をむさぼるー。
ユーロ対ドル1・0が目標
当分この関係が続く、と筆者は考えていたが、情勢が変化し、これに対応してヘッジファンドが「次」の目標の対象国と、対ドルユーロのレートを決めかけている
まず情勢変化だが、ギリシャの総選挙の結果、躍進して第2党になったSYRIZA急進左翼連合が「アンチEU政策でもドイツはギリシャをEUから脱退させるはずがない」と主張しているからだ。
同党の党首ツイプラス氏はまだ37歳の弁護士で、財政赤字削減反対を公約の柱にした。同時に債務の支払い猶予や銀行の国有化、労働者の権利の抑制にも反対している。
同党は5月6日の選挙で4・6%の得票率を16・8%に伸ばし、最近の世論調査では支持率23・8%と大躍進。6月の再選挙では第一党になりそうだ。
ギリシャの憲法では第一党にボーナス議席が50あり、23・8%の得票なら74議席である。50プラスすると124。300の定数の過半数にはまだ不足だが、同じようにアンチEUを表明している政党はほかにもある。連立政権をスタートさせることはたやすい。
となるとギリシャはユーロ脱退と同時にドラクマを復活させる。すでに18日付英紙ザ・タイムスは、紙幣印刷専門のデ・ラ・ルー社がドラクマ印刷再開に向けて準備を開始したと、報じている。同社は英ポンド、ユーロなど150カ国以上の紙幣を印刷している。
ドラクマはユーロ導入前のレートではユーロの60%程度、恐らくギリシャ国民は海外通貨と交換しようとするため、ドラクマの下落幅はもっと大きいだろう。当然、インフレが発生する。
しかもギリシャにはめぼしい輸出産業はないし、社会混乱で観光収入も多くは期待できないだろう。だから世論調査では78%のギリシャ国民がユーロ脱退に反対しているのだが、政党支持は前記した通りで別物。
金融市場への打撃はどうだろうか。ギリシャ国債については3月末で実質70%の損失を負担済みで、デフォルトが起きてもすでに民間金融機関は処理済みだから影響は少ないだろう。一方民間債務の方は債務1009億ユーロに対し対外債権は1455億ユーロ。債権のほうが債務より多いので、リクツ上はパニックは起こらない。
にもかかわらず世界的な株安とリスク・オフつまり日、米、独の国債買い(長期金利の低下)が起きているのは、やはり米系ヘッジ・ファンドの「仕掛け」としか考えられない。5月下旬現在米国株が前年比で1%の下落なのに対し、日経平均10%、独DAX14%、英FT指数11%と有力国の株価下落の方が大きいのは、米系ヘッジファンドがシェールガス革命の威力を信じているのと、自国は売りを除外したためだろう。
ヘッジファンドは、ギリシャがどうなろうと、目先はユーロ売りの巻き戻し。ひとやすみして、あと何か月かしたら、スペインを次の目標に狙うだろう。
国債の格付けが変わる前にヘッジ・ファンドが重視するのは「CDSプレミアム」である。国債のデフォルトのリスクに対する保険料で、最近で最もひどい格下げが行われたのはスペイン。2010年5月にダブルB、最近Bプラスになった。ジャンク債のレベルである。
しかも、ヘッジ・ファンドは「スペインの住宅バブル崩壊はこれからが本番」という。5月9日のバンキア銀行の一部国有化と資本注入では足りない、とも。スペインの金融システムでは住宅ローン担保証券の三分の二は「カハ」と呼ばれる貯蓄銀行が保有し、2006年の住宅バブルのピーク以来6年間で不良資産化しているが、その処理が全く進んでいない。5月17日とムーディーズがスペインの銀行16行の格付けを最大三段階引き下げたのは、仕掛けの「号報」という。ユーロの対ドルレートが「最終的には1・0」という売り目標?むしろ控えめなものかもしれない。
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